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更新日:2008年4月20日

市職自治研集会開く

パネルディスカッション
「現場から市政改革を考える~市職WTのとりくみを素材として」

市職自治研集会~パネルディスカッション

地域へ出てともに活動

山口 いわゆる「職員厚遇問題」で大阪市は市民から厳しい批判を受け、労働組合も市民の信頼を回復しなければならないと認識しました。そこで市民協働のとりくみを始めたのですが、岩崎先生が言われたように、それは時代の流れでした。

 具体的には、淀川区での市民交流スペース「みつや交流亭」、東成区今里での地域防災のまちづくり、生活保護行政の実態を踏まえたセーフティネットの再構築について、市職市政改革推進委員会の3つのワーキングチーム(WT)で活動してきました。とりくみに関わっていただいた皆さんをパネリストに進めていきたいと思います。

徳野 区役所にいますが、「厚遇問題」では地域から厳しいお叱りを受け、職員のモチベーションも著しく低下しました。そこで、どうすべきか区連で議論し、区役所の中に留まっていても展望は見えない、地域に入って市民と対話し、労働組合の社会的な役割を見直そう、ということになりました。そこに、三津屋という具体的な場所を与えてもらいました。

 市民・地域に一番身近な区役所の役割は大きくなると思います。地域をよく知り、自分たちの職場である区に愛着を持てる職員になれば、よい仕事ができるはずです。その結果、私たちが求める労働条件の向上につながっていくと思います。

 そのためには、「人づくり」が必要です。区連でもまちの様々な活動に楽しく参加しています。交流亭での活動にも組合員の皆さんがもっと関わって、市民とともに色んな経験をしてもらいたいと思っています。

味方さん

味方さん

味方 淀川河川敷でイベントを企画した際、国や府への申請などで苦労したことがありました。そこで動いてくれたのが区役所職員で、そのとき私たちと「温度差」が小さいと感じました。それから付き合いが始まって、市職から提案があり、交流亭の企画段階から参加することになりました。

 交流亭は、三津屋商店街の空き店舗を活用して「寄合い場所」をつくろうという発想でした。交流亭は集まれて30人。ちょうどよい空間です。行政の施設ではないので、自由な使い方もできる。そこで「人つながり」が広がっています。

 昨年11月に三津屋商店街近くの神崎川河川敷で「ぼうさい昼市&朝市」を開催しました。災害時に全国の商店街から「美味しい救援物資」が集まる、という企画でした。単に商店街のイベントなら地元町会が加わる必要はありませんが、「防災」になると地域の課題になります。そこで、防災訓練として位置づけ、町会のテントを自分たちで立て、女性会が炊き出しをするというように、地域から大変な協力をしてもらいました。商店街、町会、NPO、行政職員の交流亭での人つながりが生かされました。

辻本さん

辻本さん

辻本 私たち「この指と~まれ!」のメンバーは平日の昼間に、みつや交流亭で「お店番」をしています。交流亭のある三津屋商店街は小学校の通学路にもなっているので、地元のおばちゃんとして下校中の小学生に声かけをしています。

 18年前に「この指と~まれ!」を始めたのですが、当時子育サークルは一般的でなく、私たちが「はしり」に近かったと思います。子育て支援にも理解がなく、お母さんたちが集まって、楽しく過ごせる場所を探しても、なかなか貸してくれない状況でした。昨年、「大阪市つどいの広場事業」募集の情報をもらって、受託することができ、交流亭に念願の拠点ができました。

 私たちからすれば市職さんに「場」を頂いたということですが、多くの市職の皆さんが交流亭にいらして、一緒に交流亭の面白さを感じてもらえたらと思います。

中井 「厚遇問題」のときは私たち東成区支部でも、労働組合も地域に出て社会貢献にとりくむべきだと考えました。そこで地域の方々を紹介してもらい、支部長として皆さんに率直に謝り、その上で東成のまちづくりについて一緒に考えていくことになりました。テーマは「防災」に決まり、区役所の防災担当者に岡本会長を紹介してもらいました。

 2007年に今里地区を対象に市労連の地域防災のとりくみがあり、WTの活動のきっかけとなりました。今里町会の皆さんとの各地域調査や今里でのフィールドワーク、冊子づくりには、都市整備局支部の協力をいただきました。また市労連のとりくみの際には大阪交通労組の方からも助言をいただきました。タテ割ではなく、防災をテーマにヨコ割的なとりくみができたのが非常に重要だったと思います。

一緒にまちづくりを考える

岡本 今里の連合町会で防災にとりくんでいるうち、従来の行政主導の防災訓練が現実の災害でどれだけ役立つか心配になってきました。15・6人の地域防災リーダー、30人弱の災害救助部員で訓練を行うのですが、事前に行政の方からシナリオを渡され、「この通りやってください」と言われるわけです。

防災広場の模型展示

防災広場の模型展示

 今里の高齢化率は市内でもトップクラス。住宅も密集している。今までの訓練で果たして十分か、今里の地域特性を生かした訓練はできないものかと連合町会の皆さんと相談し、独自訓練を始めることになりました。さらに、今里がモデル地区となって、防災マップづくりをしました。こんな地域のとりくみを東成区、大阪市へとつなげられればと考えています。

 そして今回、市職の皆さんと様々なとりくみを行いました。それをもとに形になるものをつくろうということで、地域の「さつき児童遊園」を防災広場として整備できないか考えています。その構想を模型にしたものを、会場受付で展示していますので、ぜひご覧ください。

西森 セーフティネットWTの結論の一つは、地域づくり・コミュニティづくりの観点から生活保護制度を考えるべきだということでした。現在の深刻な経済状況下で、突然職と住居を失い、生活保護受給者になる状況があります。これに対して、不正受給をはじめ様々な報道がある中で、地域に被保護者、行政への不信感が生まれる可能性もあります。

 それを防ぐためには、一緒にまちづくりを考え、地域の理解を高める必要があります。多くの被保護世帯を抱える西成区では、地域福祉アクションプランに生活保護の部会を設け、町会、施設、NPOが議論を重ねています。区内の2つの連合町会では、高齢の被保護者に清掃活動をしてもらおうと案内しました。参加者が多くあり、他の連合町会や被保護者からの問い合わせもあります。地域の一員として参加し、小さくても力を生かす。その過程で被保護者の生活力が再生することを期待しています。

中島 私の職場は、西成区釜ヶ崎にある更生相談所です。釜ヶ崎は「日雇労働」に特化し、面積は非常に小さいのですが、大阪、近畿圏、さらに西日本にも及ぶ広域的な背景があります。近隣都市で居宅を持たないために生活保護を受けられず、釜ヶ崎にやって来るという現象があるのです。そして、公園や路上など公共空間に寝泊りを余儀なくされている人びとが多くいる、というのが釜ヶ崎の象徴的な光景です。一方、既存のセーフティネットから排除されたこれらの人びとは釜ヶ崎に集まっているので、他からはいわば「隠蔽」された存在となっています。

 私は釜ヶ崎を、排除の空間、自己否定の空間、死を待つ空間だと考えています。しかし現在、それは全国に広がりつつあります。先ほど西森さんからもありましたが、生活保護受給者であろうとなかろうと、生活者として地域への接点をつくり、「社会への再参入」をめざすためのとりくみが必要だと思います。

地域、現場から市政へ発信を

山口 それでは最後に、岩崎先生からコメントとまとめをお願いします。

岩崎 皆さんの発言を拾っていくと、まず徳野さんが「楽しく参加」と言われた。楽しければ活動が続くし、仕事にも役立つはずです。味方さんは「区役所と市民の温度差が小さい」と指摘されました。大阪市政への批判はありつつも、区役所と地域の間に一定の信頼関係がある。さらに強い信頼を獲得するためには、辻本さんが言われた「情報」が必要になります。こんな制度がある、この活動に参加しませんか、と地域をよく知る職員が動けば情報の流れができる。さらに中井さんが言われた「ヨコ割」があると、情報の共有化が進む。岡本さんが言われたように、地域から市政全体への発信も可能になります。西森さんから生活保護受給者と地域をつなげていくとりくみが紹介され、中島さんからは釜ヶ崎の非常に深刻な状況の報告がありました。様々な共同体から排除された人びとに対応しつつ、いきなりそうなる前に「クッション」を地域で準備できないか、ということだと思います。

 昨日の「大阪市行財政改革検討委員会」の冒頭で神野委員長が、前回の恐慌で農村社会から工業社会への本格的な転換が始まった。現在の恐慌で工業社会が終焉を迎え、新しい社会への転換が始まる、と言われました。変化は世界的ですが、それに対応するのは地域で変化に直面し、肌で感じている、ここにいる皆さんです。皆さんには、変化を把握し、市政に伝える役割があります。

 大阪市が動けば国の制度が変わるのです。生活保護制度がそうでした。公務員として制度の中で働くのは当然です。しかし、社会状況の変化に対応するために制度自体を変えなければならなくなったとき、現場からの発信が求められるのです。