更新日:2011年8月31日

被爆66周年原水禁世界大会

“核と人類は共存できない”
「核も戦争もない21世紀」の実現を

 被爆66周年原水爆禁止世界大会が、8月4日から6日にかけて広島市で、7日から9日に長崎市において開かれました。米国による原爆投下から66年経った今でも、多くの被爆者がその被害に苦しんでいます。さらに、本年3月に発生した東日本大震災がもたらした福島第一原発の大事故が収束も見えない中、あらためて「核と人類は共存できない」ことが確認され、脱原発にむけた政策転換を強く求め、核社会を根底から問う大会となりました。

広島大会

 広島大会には、市職からユース部を中心に32人が参加しました。

 4日は、平和記念公園から県立体育館までの「折鶴平和行進」を行った後、「核兵器廃絶2011平和ヒロシマ大会」に参加しました。

 5日は、朝から分科会に参加した後、午後には市職学習会をきました。学習会には語り部として下畠準三さんをお招きし、学徒動員の際に被爆した自身の体験談とその時に見た凄まじい広島の情景などについての講話をいただきました。夜には、ハノーバー庭園で開かれた「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・フクシマ―ヒロシマの集い」に参加しました。集会の最後には、蛍光ライトを手に、「人間の鎖」が原爆ドームを取り囲み、参加者は「さようなら原発」を被爆地・広島から訴えました。

 66年前に原爆が投下された6日には、原爆ドーム前で黙祷した後、フィールドワークや平和記念資料館を見学し、市職参加者代表の献花で広島大会の行動を締めくくりました。

 今年の平和記念式典のあいさつで菅直人首相は、国のエネルギー政策について「白紙からの見直し」を強調。「安全神話」への反省に言及し、あらためて「原発に依存しない社会」をめざすとしました。

長崎大会

 長崎大会には、市職からは19人が参加しました。

 7日午後には、爆心地公園で開かれた「ノーモア・ナガサキ、ノーモア・フクシマ、長崎集会」に結集、デモ行進後に「核兵器廃絶2011平和ナガサキ大会」に参加しました。

 8日は、午前中の各分科会参加後、午後からは語り部の森口貢さんをむかえて、市職学習会としてフィールドワークを行いました。爆風で吹き飛んだ浦上天主堂の一部をはじめ、山里小学校、永井隆記念館などを見学し、参加者はあらためて原爆の凄まじさを学びました。

 9日は、原爆で犠牲になられた方々のお墓参りをした後、原水禁まとめ集会に参加。その後、爆心地公園まで平和行進を行い、11時2分に黙祷をささげました。

 まとめ集会では、福島県平和フォーラムの竹中柳一代表が、直前に行われた高校生平和大使の元気なあいさつと対比して、「福島の飯舘村の女子高生は、将来子どもを産めないのだろうかと悩んでいる」ことなどを紹介し、原発事故がもたらした深刻な影響についてあらためて怒りをあらわにしました。

平和行進を行う市職参加者

平和行進を行う市職参加者