更新日:2009年4月20日

市職自治研集会開く

記念講演~地域から市政を変える(その1) 岩崎恭典さん
市町村合併議論の経験から
講師の岩崎恭典さん

講師:岩崎恭典さん
【プロフィル】現、四日市大学総合政策学部教授・大阪市行 財政改革検討委員会委員1956年、京都府生ま れ早稲田大学大学院政治学研究科修了、財団法人地方行政シス テム研究所研究員、中央学院大学法学部助教授等を経て現職

 長い間東京で地方自治のシンクタンクにいた後、2000年の分権改革が終わって、より現場で自治の勉強をしてみたいと思っていた頃、新しい大学・学部を作るという話があり、2001年に四日市に移りました。以来もう10年近くが経ちます。

 三重県で一番しんどかったのは、市町村合併でした。慣れ親しんだ近くの役所がなくなり、市の名前も変わってしまう。そんな大きなインパクトは、50年に1回しかない話です。しかし合併は駄目というのではなく、むしろ合併に駄目な面があるのなら、それに代わるどんな仕組みが必要かということをみんなで考えないといけない、と思いました。

 私は、政令指定都市制度をずっと勉強していたので、それを合併の議論に応用することを考えました。特にこれからの少子高齢化に対応して、「21世紀に生き残れる都市」の仕組みや役割を住民と一緒に作っていく。各地での「自治基本条例」制定の動きはまさにそのとりくみです。その時に、自治体職員が果たすべき役割とは何かも大きな課題として常に私は考えてきました。

 私の先生は、地域の4極構造と仰っていました。住民が第1極。第2極は議会。第3極は市長及び執行機関。それにプラス第4極として直接行政業務を担う職員たちによる活動があると。組合活動もそのひとつでしょう。自治体が自治の仕組みを作るための規制緩和は分権改革でなされています。自治体や仕事のあり方を問い直す活動を伴わない組合運動では、なかなか住民に理解してもらえないという気がします。

 今回、大阪市をフィールドとして検討してみる機会を与えられました。大阪は日本の代表する大都市です。これまでの自治の蓄積もあり、市民が作ってきた町だという自負もある。そこで、21世紀に生き残れる大都市に相応しい自治の仕組みがどう作られるのか。去年から大阪について勉強し始めた私にとっては、まだまだ深くて、大き過ぎるテーマに思えます。とはいえ、記念講演ですので、私自身が今の段階で考えていることを話さなければなりません。そこで市町村合併について住民と議論した内容をそのままお伝えします。今後の少子高齢化で地域がどうなっていくのかということからはじまります。

「人口増加社会」の終焉

図1ひと目で分かる自治の今後 図1をご参照ください。1枚で分かる自治の今後というような図です。

 これは戦後、日本の人口がずっと全国的には増えてきたことを示しています。重要なのは、前回国勢調査の2005年です。次の国勢調査の2010年は確実に2005年より人口が減ります。とうとう人口減少時代に私たちは突入したんです。今までの仕組みは、全て人口増加を前提に作られてきた。人口減少を前提に作られた仕組みは今までありません。

 重要なことは、5年後、10年後どういう状況に自治体が陥っていくのか、将来予測をきっちりとしておかなくはいけないということです。人口を維持するには合計特殊出生率は2・09なければいけませんが、日本は今1・40ぐらいです。合計特殊出生率が2・09を切ったのは1974年ぐらいです。つまりいつか人口減少の社会がやってくるということは、30年ぐらい前には分かっていたのです。

 一方、子育て支援が効を奏して、突然合計特殊出生率が4とか5に上がっても、雰囲気は明るくなるかも知れませんが、彼、彼女たちが税金を負担してくれるようになるまでには、15年から20年はかかります。逆に言えば、今の状況は、合計特殊出生率が改善したとしても15年から20年後でなければその効果は出て来ないということです。

 さらに07年問題がありました。1947年あたりに生まれた方が60歳を迎えるという話です。日本の慣行によって60歳で一線を退かれるとなると、自治体に払って頂ける税金がまたここで減っていく。

 一昨年、三位一体改革で1兆円値切られながら国税から住民税に税源移譲されましたが、住民税という税目は、残念ながら先細りの税目です。住民税が徐々に減っていくという中で、07年にべらぼうな数の方が60歳を迎えたのです。07年に小学校1年生に入学した人が全国で男女合わせて111万人です。同じ年に60歳を迎えた男だけで120万人、男女合わせれば約250万人です。これぐらいの方々が、リタイヤされる。

 07年に60歳を迎えた方は、次の世代が明日生まれ始めたとしても税金を負担してくれるころには後期高齢者に入ってしまう状況が見えたということです。

 だからいろんな課題が指摘され改善が求められてはいますが、後期高齢者医療制度も基本的な考え方は2005年を契機として今後を見据えた時にやらなければいけない制度改革の1つだったんだろうと思っています。

講師の岩崎恭典さん

 つまり、今までの制度がこれからは続けられない状況になってきた時に、どうするのか。一番簡単なやり方は、入るものに応じて出ることを削るということです。これは非常に簡単でありますが、それだけではすまないのが「公」のやっていることのはずです。

 1995年という年は、阪神淡路大震災が起こり、地下鉄サリン事件があった年ですが、この年は15歳から64歳の人口がピークを迎えた年という意味で、もう1つのエポックメーキングな年でした。人口総数が減っていく10年前から、実はパイは縮小し始めていたのです。

 それまでの日本は、人口の伸びと税収の伸びがほぼ比例する時代だからこそ3300の自治体でちょっとずつよくなる仕組みが出来たのです。ところが95年から税収というパイが縮小し始めたのであれば、国は最低限の下支えはするけれども、各自治体は自分たちで決めて、責任持ってやってくれという規制緩和が行われた。それが2000年の分権改革です。自己決定、自己責任という言葉が大流行りしたわけです。

 大阪市のような大きな自治体にとっても非常に大きな課題ですが、これを契機にして、自治体は国の制度だからというような言い方ができなくなり、より一層住民の支持を得ることが重要になってきます。税収も含めて肝心な所は国に牛耳られている部分がありながら、自己決定、自己責任を更に言われているわけですから、住民の支持を得なければいけない。それが最大のテーマになってきた。だから分権改革以降、行政の説明責任や情報公開、情報提供だとか、市民参加や協働というような言葉が殊更強調されるようになったんだと思います。

 《その2に続く→